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ブログポータルサイト「ナムジャイ.CC」 › イサ-ン地方からの風の便り

2012年01月24日

イサ-ン地方からの風の便り (警察の管轄なのでしょうが)

 今日も警察の話題を一つ。
 
 インターネット(ジャパン・オンライン)ゲーム店を、妻が息子から営業を引き継いで4ヶ月が経ちました。この間にいろいろな警察が絡んだことが有りました。

 店の営業許可時間は午前9時半から午後10時まで。

 息子が営業していた頃のことですが、午後8時頃に(学生?)が来店しまして、店を開けていた時も有りました。それも、店の前にオートバイは置けないとのことで、裏に家の空き地があるのでそこに入れさせ止めていました。多い時には、10台近くがこの時間帯には来ていました。店が開いていない時には、裏に座って待つことも暫し。

 このことを嫉妬したのか、(1軒置いた隣にも、インターネット・ゲーム店が有る)何日か後に警察(?)の査察が有り、営業時間を繰下げて、正午までは開店不可との通達が来たようでした。
 この間も、夜の終了時間は、お客が居れば夜中の2時までもやっていたことが有りました。

 さて、いろいろな事が有りまして妻が営業を引き継ぎました。元々自分が全額負担してはじめた仕事ですから、息子が居なくなれば自分が跡を継ぐのは、ごくごく自然に当たり前のことです。

 最初は、矢張り子供達を午前9時半前に入れていました。
 それを、何処かの店からまた指されたのでしょう、またまた警察官の登場です。

 警察官曰く、「営業時間以外にもう一つ、18歳未満(就学児童?)がこの時間に入店している事は、まかりならん。」
 との事で、結局は、1週間の営業停止となりました。

 この1週間に妻はいろいろなことを考えていたようです。何度も、もう店は辞めようか、とも言っています。やって来た警察の担当者に「金が欲しいの」と聞いたところ、「いらない」との答えであったとの事でした。
 しかし、妻は口には出していませんが、何でうちの店ばかり、と思っています。
 
 といいますのは、妻が営業しています店を中心として300メーター以内に、この様な営業をしている店が7軒は有ります。
 うちで営業を停止しています間も他店を観察している様でしたが、確かに、他店のことはどのような営業の仕方をしようと別にかまいませんが、警官の行う業務方法は、店によって人によって優劣を付けずに、公平に一定にしてもらいたいと思いました。

 10メートルと離れていない店の店先に、7~8台近くのオートバイを朝8時頃から並べて、店が開くのを待っている一団が居ます。明らかに18歳未満の生徒の服装です。
 それが何日も続いていました。(今は大分下火になってきたようですが、不定期にやってきています。)
 (この店に警察の査察が何時実施されるのか期待していますが、今もって有りません。不思議な国、タイ国です。)

 さて、営業停止が明けて営業再開です。警察からの規則が店の前面ガラスに張り出されていました。
 『18歳未満は、午後2時まで入店厳禁。』そして、
 『午後10時以降は退店』のこと。
 『ただし、土・日曜日の入店時間はこの限りに有らず。』
 (みたいな事が記載されているのでしょう、私には判読不可能です。)
 
 今は、この提示された規則を遵守して妻は粛々と営業をしていますが、前出の店、そして、1軒隣の店は警察からこの規則が提示されていないのか、時間,年齢等は余り関係が無さそうに営業を続けているようです。

 日本であれば、「警察」は“公僕”であるので、法や規則の執行に当っては、住民によっての甲乙を付けてはいけない事になっていますが、どうもここタイの警察は独断と偏見が先行して、事の処理に当っているように見受けられますが、私の偏見でしょうか。

 妻が以前から言っています言葉、「タイは、警察が一番悪い。」です。私も感じていたことですが、同感です。
 昨日の「オートバイのヘルメット」のこともそうですが見ていますと、せこい交通違反等を検挙していて(小)「金」を稼いでいていないで、もっと住民の交通安全の実効になることを真摯にやってもらいたいものです。  
タグ :警察

Posted by 阿羅漢 at 13:55Comments(0)TrackBack(0)

2012年01月23日

イサ-ン地方からの風の便り (守りたいけど、守れない?)

 以前から数回に渡って投稿している題材でありますが、今回も敢えて提示させて話題といたしました。

 「オートバイのヘルメット着用」

 町の此処彼処にて以前から掲出されています、「オートバイのヘルメット着用」の掲示広告。
 100%達成したいとの願望も込められているのでしょうが、実効率は(?)です。

 とかく日本では考えられないようなオートバイでの運転技術が目に付くタイであります。
 以前にも記載しましたが、一例を挙げますと、
  ・雨の日   左手に「傘」をさしての片手運転
  ・携帯電話  左手に「携帯電話」を持ち大声を出しての片手運転
  ・並列で走行しながら大声で話している
  ・三人四人乗りは当たりまえ(朝飯前)
  ・昼間太陽の日差しが強いので左手で顔を覆い片手運転
  ・ガス欠なのか、他のオートバイに足を掛けての走行

 このようなことは、日常茶飯事のことですが、なんといっても今日提示しました 「オートバイのヘルメット着用」に比べれば、可愛いものだと思います。
 不意の衝撃から転倒等の危険の度合いは、すべて一様に同じように持っていますが、このような行為を行っている人の殆どが、そうです、「ノーヘル」なのです。
 
 携帯で通電しながら飛ばしている人は、ヘルメットが有ると通話できません。さて、一時の用件の結末と、「命」、どちらがどれほど大切なのでしょう。
 髪の毛が乱れるからヘルメットを被らずに(?)走行している人がいますが、風の力の方が髪が乱れませんか。

 それよりも、「ヘルメット」を被り「命」を守る方が大切であると思いますが。

 さて、この「オートバイのヘルメット着用」運動の推進(?)本部は、「警察」。タイのこの警察がいかにもいい加減な存在であります。
 このヘルメットに関しても、本腰を入れてやるわけではなく、(自分達も職務以外の時は「ノーヘル」でオートバイを運転)体裁だけを重んじているような感がいたします。

 上級中央官庁から通達と掲出物がきているから張り出しては見たものの、自分達の意に沿わないものは余り積極的には成果を挙げようとはしていない。
 テレビでも忘れた頃に「オートバイのヘルメット着用」をしていないと事故に遭い、尊い「命」を失いますよ、みたいな映画での宣伝を流していますが、これを実効強制すべき警察権力が、本腰を入れて取り組もうとしていないので、何時まで経っても町の中を走行していますオートバイ運転者からの「ノーヘル」は、無くなりません。。(別な金儲けに忙しい。)

 (以前、車のシートベルト着用を実施実行する時は、「罰金」を科して実行し、今はその効果が大いに運転者にも行き渡ってきていると思います。)

 日本の様にオートバイの免許証に免許区分が有りませんので、50cc(店頭でも余り販売していなし)を運転して入る人は余りいませんで、タイで街中で普及しています排気量は、90ccや125cc等が主に走っています。(タイの人は、何ccの排気量という感覚を持っていない。)

 この日本と比較して大きな排気量のオートバイをノーヘルで、街中の道路をかなりの速度で飛ばして行きますので、その行き先は言わずと知れた「〇〇の一丁目」です。

 昼間の暑いせいも有りますが、この国で「オートバイのヘルメット着用」100%達成は、
 
 夢のまた夢ではないでしょうか。

  
タグ :ヘルメット

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2012年01月22日

イサ-ン地方からの風の便り(お祭りも終わりました)

 今年の大雨の影響が、その姿を隠し始めましてから何日が経ったでしょうか。
 バンコクの長期の浸水騒動で、チャイヤプーンでも危機感をやや強めたのか、今年の豪雨によって若干の冠水があった地区に、2メートル四方の下水管を道路下に埋め込む作業を早速行い、1ヶ月近く前に終了しました。

 これで我が町は、今年の「雨季」の集中豪雨があっても冠水騒動がなく過ごせますかな。

 この工事終了を待ってましたとばかりにはじまったのが、我が町の創設者「ジャオポー」のお祭りです。

 町の中心部に位置しています「ジャオポー」の立像を中心として、(道路を占有し)東西南北にと天幕を張り巡らし、完全に中心街の道路は交通中断です。
 日本の祭りとは違い、露天商(若干の鳴り物もありますが。)が主です。片側4車線の道路を両方から大型天幕を張り詰めますので、一切の車両は進入禁止となります。
 どこから集まってくるのやら(全国各地を祭りを求めて渡りあるいているのではと思いますが。)すごい数の露天商です。

 日本では、ヤクザとの関係があるからと「露天商排除」をし、お祭りを沈滞させていますが、ここタイ国のお祭りの「主役」は正に、露天商です。すごい賑わいです。老若男女を問わず町に繰り出してきています。

 私は、用事がある度に、2週間近く行われましたこのお祭りの外周を人を、掻き分けてオートバイで侵入していきましたが、祭り見物に来ています人々を観察していますと、やはり日本と同じですね、地元の人というのは見かけません。
 近隣近在の人が楽しげに買い物や見物にこうじています。ここに来る交通手段はなんといっても一番手は、貨物車です。この荷台に所狭しと人間が寿司詰め状態で運ばれて(?)きます。駐車場は警察の駐車場も開放し使用させています。

 その影響がもろに私などが生活しています地区に被さってきます。交通流が普段の数倍になり騒音も朝から午後の11時近くまで続きました。何時もは通ることがない、バンコク行きのバスまでが目の前の道路を走っています。

 でも、以前にも書きましたが、普段はあまり娯楽、楽しみが無い田舎町です。近隣近在の人々にとっては、1年に数回開催されますこのような「お祭り」が、格好の息抜きであり、住んでいます人々にとってはまたとない待ちに待っている“大衆娯楽”であり、出会いの場でありますので、部外者の私は、暫しの沈黙と我慢をしていればいいことですので、じっと耐えていました。

 この「祭り」が終わりに近づきました頃に、集中豪雨が始まりました。それまで約1ヶ月半近く1滴の雨も降りませんでしたが、4日前の夜に久しぶりの「雨」が窓、屋根、地面、道路等々を濡らしました。

 昨夕、用事で祭りの後を通りましたが、何処も同じです。祭りの後の静けさ。天幕も1枚2枚と片付けられていき、後に残っているのは、兵どもの夢の後、塵の散乱です。
 国の東西を問わずに、「祭り」の後は空しいものでした。

 これで、暫し、静けさが戻ってくれればいいのですが、… … …。  
タグ :祭り

Posted by 阿羅漢 at 14:22Comments(1)TrackBack(0)

2011年12月04日

イサ-ン地方からの風の便り (12月になりました。)

 ぬけるような「蒼」。そんな表現がよく似合うタイの天空の色模様です。
 
 遠くの、とおく、の遥か彼方が直近くに見えてくるような「蒼空」。

 雨季明けと共に、一滴の雨も降らずに毎日こんな天気が続いています、 イサ-ン地方はチャイヤプーンからお届けをいたします。
 
 ここ2日ほど明け方にかなりの冷え込みがきています。
 今まで、薄掛け1枚で朝まで寝ていましたが、一昨日からは、それでは、ぶるっときまして、風邪をひいてしまっては、練習にも大いに差し支えますので、1枚矢張り薄掛けを追加して掛けました。
 冷え込んだといっても我が町辺りでは、霜や霙が降るということは決してありません(あると天変地異かも)が、一般的な日本人のタイ国に対する気候風土の感覚からいけば、「エ!、何時も暖かではないの。」との印象が強いくあるかもしれませんが、あにはからんや、タイ国も寒くなってくるのです。

 昨夜も寝る前にシャワー(タイでは一般的には浴槽が設置されていません。家にもありません。)を浴びましたが、温水器を点けるまでの冷たさではありませんでしたので、そのまま浴びましたが、もちろん妻は点けて浴びたようでした。
 12月も中旬を過ぎますと、矢張り水だけでは、昼間のシャワーはいいのですが、夜は一寸ヒンヤリとくるものがあります。

 今の時間、午前10時30分。何時ものとおり室温ですが、23.6度です。窓を開けておきますと、入ってくる風も、やや涼しさを感じます。
 と言いましても、私の今パソコンに向かっています服装は、上は薄手の半袖、下は短パンですから、それも仕方のないことでしょうか。

 さて、話題を一気に変えましょう。先日「警察官」に交差点を過ぎた所で呼び止められました。
 1週間ぐらい前ですが、久し振りに車を運転し、やや郊外にあります「M」まで大量纏め買いに出かけました帰りがけのことです。

 複雑交差点に差し掛かり、青から黄色に変わる少し前(「青」で途中「黄色」になる。「青」を確認しています)に交差点に入りましたので、直進をしていきましたら、いきなり警察官に止められ(200バーツ)を妻が払ってきたそうです。

 何で抗議をしないのか解りません。妻は私の主張「青で交差点に入った。黄色になったので、速やかに出て行こうとした。」を一切聞こうとせずに、お金を支払ってきたらしいのです。
 妻曰く。200バーツが、いろいろ言うと、500バーツにもなる。(以前にも言われたことがあります。タイでは警察官が一番汚く、且つ、危ない。)
 
 エ!何でそうなるの。不思議な世界を垣間見ました。
 タイ国の公務員の給料が低く(どの程度貰っているのか判りませんが。)、特に警察官は、取れそうな鴨を見つけては「袖の下」を集めて(懐に入れて)生活費に宛てているのかは判りませんが、違反書類を切る訳ではなく、金だけを受け取ってしますようです。
 
 先日、帰国に際しての国際空港スワンナプームで「再入国」手続の際の300バーツの公然の要求然り。タイ国の警察官に対する私の憤りはなんとも収まりがつかないものがあります。
 治安を守るべき職務の人間が、本当にいい加減な職務態度にはいい加減頭にきています。

 庶民は、そのことを解っていても、日本ではないですが、「泣く子と地頭には勝てない。」でしょうか。昔からの体質でしょうか。
 
 これからタイに遊びにきたいと考えていらっしゃる方は、タイの警察官は日本の警察官とは基本的には違いますので、お気をつけください。  
タグ :日記

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2011年11月15日

イサ-ン地方からの風の便り(本日は晴天なり)

 イヤー、今日のチャイヤプーンは朝から本当にいい天気です。

 何時ものとおり本日の室温を。午後1時15分現在 28.9度です。
 けっこう室温はありますが湿度が殆どない分、カラッとした感じの室温です。

 先程、朝9時頃に塵の処分をしに外に出ました。即、太陽の熱射の洗礼を身体全体にまともに浴びました。もの凄い暑さでした。ものの数秒でしたが、身体全体が焼け付くような感じを受けました。
 この熱量を使って「太陽光発電」を行うと、かなりの電力源となるのではと思いました。
 兎に角、11月中旬といえども降り注ぐ陽の光は半端ではありません。これを利用しない手はないのですが、それには「資金」不足と能力不足です。

 さて、この天気のよいことにかこつけまして、我が町「チャイヤプーン」の宣伝をしていきたいと思っています。
 バンコクから東北に向かって350キロメートルに位置しています。高速バスで来ますと、途中の若干の休憩を入れまして、所要時間は約5時間です。
 バンコクから比べますと、先ずは空気が澄んでいてきれいなことが第一に挙げられます。
 ごみごみとした感じはタイ国全体の象徴で仕方のないことでしょうが、空気のきれいさは地方でしか味わえないことであると思います。
 
 次に、町全体がそれ程広くありませんから、どこに行っても知った顔に出会えるということです。
 どこどこのお婆さん、お爺さん。お母さん、お父さん。
 昔日本でも有りました、「あの人は、どこどこの誰々です。」が、今正に、ここ、チャイヤプーンでは息づいています。通りを通る人全部が知人ではありませんが、毎日同じ顔が目の前の通りを同じ様に通って行きます。
 この国にいますと、自分が生まれ育てられた、日本の「昭和」の時代を彷彿させられます。のんびりとしている中に、次の時代に向けての躍動感が感じられ、沸々とした熱い力が強く感じられます。
 
 さて、町には大型店舗が3軒あります。一店は何でも揃っています、一般的な大型店。次は、その店舗を少し大きくしたような品揃えが豊富ですが、やや値段が高目のお店。
 もう一店は、大型売りのお店です。ばら売りではなく、纏め売りが専門でして、近隣近在で小売店を営んでいる人達がここで購入し、自己店で地域の人達に小売をしています。ですので、大きな移動用荷物入れが満載で、雑貨、小物、食料品、化粧品と各種が積み込まれていきます。

 観光に目を移しますと、以前にも少し触れましたが、北に向かって車で約1時間行った所に「巨岩」が立ち並んでいる場所があります。豪快といいますか、壮絶な岩石群とでも表現した方がいいのでしょうか、高さは、ゆうに10メートルは超していますし、周囲も8,9メートルはある岩石が点在しています。

 周囲を見渡しますと、小高い丘の上にあちらこちらと数箇所に、この様な石群が見受けられます。
 この石群どこらか飛んできたのか(火山はないようです。)、はたまた地球が誕生した時の異物か。

 この地点が小高い丘になっていますので、周りを遮る物とてなく、360度が全て見渡せますし、何といっても空気が「美味しい」です。
 
 1年程前にここを訪れた時は、途中の舗装道路から外れて、未舗装の赤い土埃が凄い道路でしたが、この時も、途中途中で道路の掘削工事が施工されていましたので、今は、舗装工事が完了し行き易い道路環境になっているものかと思います。(後日、探索に行って確認をしてまいります。)

 この巨岩場所、我がチャイヤプーンにお越しの節の必見の場所です。

 次なるご案内場所は、「滝」です。この場所を訪れたのは、もう、かれこれ15年以上も前のことですので、少々記憶も定かではありませんが、北に向かい1時間以上は車を走らせたことだと思います。
 そんなに大きな滝ではありませんが、チャイヤプーンには海がなく、水浴びをするために海に行くのには、例えばパタヤですと、9から10時間以上は車でかかります。

 そのような時、子供達や若者が手軽に水遊びを楽しめる場所がこの滝です。
 私が妻の家族に連れられて訪れた時にも、多くの人達で賑わっていました。いい涼み場所ですし、オゾンが満ち溢れた絶好の骨休み場所です。
 最初にこの場所を訪れてから随分と時間が経過しています。時間を見つけてこの地を再確認してきたいと思っています。

 未だ、私の知り得ない我が町「チャイヤプーン」が沢山あると思います。ゆっくりと時間をかけて探索し、皆様にお知らせをしていき、是非訪れていただきたいと思っています。
 心より大歓迎でお迎えをいたします。

 今日はこの辺で閉じたいと思います。また次回をお楽しみにしていてください。  
タグ :我が町

Posted by 阿羅漢 at 16:29Comments(0)TrackBack(0)

2011年11月14日

イサ-ン地方からの風の便り (スワンナプーム空港出国業務)

 在タイ日本国大使館(Embassy of Japan in Thailand)から一部抜粋

 タイ・スワンナプーム空港における再入国許可申請窓口の撤廃について

 1. タイでの再入国許可(リエントリー・パーミット)に関しては、タイ出国前に事前に同入国管理局における申請・取得が必要ですが、2009年1月15日からバンコク・スワンナプーム空港におけるタイ出国時の再入国申請窓口が廃止されています(現時点では窓口の再開予定等につき、当局からの正式発表はありません)。 
 
 との記事が掲出されて暫く経過します。結論から言います。バンコク・スワンナプーム空港にて「再入国許可」業務は再開しています。

 業務再開を友人から情報提供をいただきましたので、バンコク・スワンナプーム空港へ業務再開の電話確認しました。実際手続を行ってきました。
 このとを日本国大使館へ今回タイ出国の10月26日に確認のメール送信しましたが、今日まで何の音沙汰もいただけません。
 
 そして、本日も、大使館の「タイ滞在豆知識」欄を閲覧しますと、依然として上記のような記事が掲出されたままです。(これは何なのですか。)

 さて、それはさて置いて、「タイでの再入国許可」を実際に申請して許可を受けたので、その顛末をお知らせしておきます。

 タイ国に再入国をしようとする方は、「タイでの再入国許可」をいただいてタイ国を出国しませんと、せっかく苦労して手にしました在留資格が無効となる結果を生じます。
 そこで、出発前にこの、「タイでの再入国許可」をいただくわけです。

 1.位  置   バンコク・スワンナプーム空港4階出発の階(一番右端)
 2.手 数 料   一次   1,000バーツ
            数次   3,000バーツ
 3.交付時間   申請から30分以上かかる 

 4階の「出発階」の一番右端に位置しています。入口に業務の名称「リエントリー・パーミット」の記載掲出がありますので判ります。
 入りますと机が一つに業務する人の脇に人間が4人5人と屯しています。
 
 手数料(私は、 一次 1,000バーツ)の規定料金を差し出しましたが、係員が、「業務の円滑化のために後、300バーツ出せ」とのことで、妻が、1,300バーツを支払いました。
 確かに業務をしながら、先に支払われた人の料金300バーツを、屯している人間に別な人間が分配をしています。(これってれっきとした、『収賄』ではないか。)
 
 写真がとり終わり、書類が入国審査係員のところに回って行きました。申請からパスポートに「リエントリー・パーミット」印字がなされ、許可が下りましたのは、実に、30分に以上は待たされています。

 この申請に当って気がついたこと。
1.業務開始時間が(妻が電話確認をした時は、24時間とのことでした。)午前8時か午前9時からです。終了は、午後9時頃と記憶しています。
 ということは、午前7時の飛行機に乗って日本に帰国する場合は、手順としまして、
 ① 航空会社窓口で「飛行機搭乗券」を発券   するのが、例えば、午前6時から
 ② この「券」が無いと「リエントリー」の申請は出来ません。

 ということは、午前8時か午前9時以降に出発する飛行機でないと、申請は出来かねる、ということになります。
 また、300バーツ(変な関係ない賄賂)を奪取されている割には、パスポートに印字(押印)する担当者が一人でこなしていますので、もしバンコク・スワンナプームにて「リエンター」申請をする場合には、時間に余裕を持って申請に訪れた方が宜しいかと思います。
 また、窓口開始時間を確認して、それ以降の出発便でないと、申請が出来ませんのでお気をつけください。

 ご自分の居住所轄入管で申請する場合はこのようなことはありませんが、自宅から100㎞以上も離れた所轄事務所に行くのも大変に面倒なことです。

 以上、日本帰国に際し、在タイ日本国大使館の掲出記事の件と、スワンナプームでの対応について参考になれば大変に嬉しく思います。  
タグ :雑感

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2011年11月14日

イサ-ン地方からの風の便り (乾季がやってきました。)

 11月も中旬となり、雨季の蒸し暑さが過ぎ去り、タイ国は幾分過ごし易い季節の「乾季」を迎えはじめました。
 
 降り注ぐ太陽の光は強いものの、雨季の空気と比べて水分を含まない乾燥している分、暑くても清々しさを感じます。

 朝夕は半袖姿から長袖、長ズボンを着用しないと寒い日もあります。夜寝る時、私は薄掛けを一枚かけて寝ますが、明け方はやや冷え込んで、これにもう一枚薄手をかける時もあります。

 11月から12月上旬にかけては、日本では運動をしても余り汗もかかず絶好の季節ですが、タイでは昼間かなり汗をかきます。これが午後8時から9時ともなれば身体を動かしても、余り汗をかきません。いい季節です。

 タイ国の乾季は運動をするのにもいい季節です。また、外出をするのにも、雨具の心配が全然要りませんので、安心して外出が可能です。
 (タイの人達は雨が降ろうが降るまいが、かまわずに傘もささずにオートバイを運転したり、闊歩していますが。)

 バンコクの冠水はどのような状態を迎えたのでしょうか。
 長引く水漬けで家財道具や家屋自体が大きな損害を蒙ったことでしょう。

 乾季に入り、バンコクへ向う国内の各河川からの水流も激減し、水嵩も徐々に下がってくるとは思いますが、地図を見ますと、(詳細は不明ですが)タイ国内の河川の全て最終到達地点が、首都「バンコク」であるように感じられます。これでは、バンコクの水没騒動も完全終息までには、あと暫くは時間がかかりそうです。
 
 タイに長期に滞在して感じたことですが、タイの人達はこのような自然災害に対し、今年の轍を踏まえ、改善すべきこと、人間が自然に対して立ち向かうのではなく、自然災害が最小限度で収まるように、鋭意努力をしていこうとする気概が余り強く感じられないのは私だけでしょうか。

 タイ国全土で今年この自然災害によって、果たして何人の尊い命が失われたことでしょうか。
 
 何時も提案することです。
 自然を征服するのではなく、自然と調和した、自然を生かして、タイ国全土の国土計画を是非検討し、その中に、「雨水、排水計画」を樹立立案,実行施工していただき、尊い命が、これ以上自然災害によって奪われることがないようにしていただきたいものです。

 乾季に入り生活し易くなったきた時期です、試行錯誤をするのにも(暑気とは違い)頭の回転が円滑に行われると思います。
 是非、タイ国政府の優秀な閣僚各位の英知を結集し、一歩前進をお願いしたいものです。

 乾季に入り「洪水」の感想を記載しました。  
タグ :乾季

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2011年11月12日

イサ-ン地方からの風の便り (今日のチャイヤプーン)

 先月末から昨日(11日)まで、約1年ぶりに日本へ行ってきました。
 
 帰国の目的は、私の武道の稽古もありましたが、今回の最大目的は、妻の日本国自動車運転免許の更新と、日本への再入国許可更新でした。

 久し振りで味わった日本の空気、福島県は、お隣の県ですが、60年前の空気とどこも違うところが無く、清々しく逆に澄んだ感じさえ受けました。
 しかし、流れてきましたテレビの報道や、知人からの情報ですと、徐々にではありますが、上空に流れたものが雨と共に地上に流れ込み、低地に集まりつつあるとのことでした。
 実際、計器の測定値が自然の値よりもやや高くなってきているのは、原発の影響が茨城の地にも現れつつあるということであると思います。
 これをただ単に除去し、撤去作業が進めば完全に無くなってしまうのか、継続的に数年後も同じ様なことを繰り返さなければいけないのか、不明です。

 早く以前のような綺麗な(見た目ばかりではなく)空気に戻ってもらいたいものです。

 友達に武道の稽古場まで車を載せてもらうために、徒歩で15分ほど久し振りに待ち合わせ場所まで歩きました。
 途中、川に架かる橋の中間で、何気なく天空を見上げました。漆黒の空になんと真丸なお月様(14夜)に微かに、雲がかかった素敵な光景を見させていただきました。光り輝くお月様。こんな綺麗な天空から、人体に蓄積されて多大な影響を及ぼす“もの”が降ってきているとは、俄かに信じがたいことでした。

 さて、タイの生活拠点「チャイヤプーン」ですが、今年は、雨の影響は余り受けていないと思います。昨年は、今住んでいる所とは違いますが、町全体で雨による災害は殆ど無かったのではないでしょうか。
 10月の上旬から中旬にかけて、町の中で雨水の終末処理を受け持っています河川なん箇所かの一つが、かなり上部の方にまで水嵩が上がってきていましたが、懸命に毎日下流に放流していた結果、町の中に浸水が殆ど無く11月を迎えましたので、今は、水量も激減し、平均的な水量と同じ状態が保たれています。

 それに比べて如何でしょうか、バンコク。50年に一度とかいわれていますが、このまま水が排水され元の状態に戻りました、さて、その後の事後処理はどうなることでしょう。
 天災であるから仕方の無いことで済ませていいのでしょうか。
 このまま手を拱いていますと来年も、再来年も、同じ事態をうむことを肝に銘じて欲しいと思います。これは、何もせずにいた時のことです。
 適切な手を打っていただきたいものです。早急に。喉基過ぎるとなんとやらで、災害が終息し、元の状態に戻ると日々の政務に没頭するあまり、国土全体の水害騒動は消散の運命になってしまう可能性が大ですが、乾季こそが水害の修復保全体制をとるのには、一番季節的には適当な時期ではないかと思います。

 どうか今回の未曾有の長期的な水害を範として、タイ国土全体の水利、排水計画を樹立して、30や40年計画でもいいと思います、是非、二度と同じ水害が繰り返さないようにお願いいたします。

 さてさて、我が棲家のあるチャイヤプーンですが、平穏無事でしょうかね。タイでは当たり前の町で、とりわけ町の中に特徴があるわけでもなく、ごくごく平均的なタイにある町であると思います。
 昼間英語を話す人が見えました。お国は「イングランド」で、中学校の英語の先生とのことでした。別な日にお会いした人2人も「イングランド」の方で英語の先生といていました。

 日本ですと英語の教師にお迎えする国の人は、米国や豪州の人が主ですが、ここタイは、本場「英国」の英語を勉強していることになります。
 米語と英語、どうのような相違があるのかは判りませんが、タイは英語の本場の国から先生を招聘して来ていますので、将来がとても楽しみであると思います。

 チヤイヤプーンはいい町です。人口もそんなに無く、こじんまりとした町の中に大型店が3店舗もあり、商品もそこそこ揃えてありますので、それ以上の物を必要とする時は車で、コーラートまで出かけますが、普段の生活の必需品はこの町の中で揃えられますので、充分に充足されている町であると思っています。
 
 いつかこの町の観光名所をご紹介したいと思います。
 高さ10メートル以上はあります巨岩が点在しています場所があります。乞うご期待ください。  
タグ :我が町

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2011年10月19日

イサ-ン地方からの風の便り (これも「雨」のせい?)

 ここ2日間は、曇り空のせいもあるでしょうが、肌寒く感じられます。
 
 実際、今、午後10時半現在で室温は、23.9度しかありません。日本の秋を思わせる今日この頃です。

 さて、先程、午後7時少し前に妻が買い物に出かけました。「R」という結構大きな店舗です。そして帰ってきて呟いていました。
 「お店に品物が余り無い。」
 「道路の冠水の影響かしら。品物が無い。」
 「あと少ししたら、皆無くなるかな。」

 とのことです。

 タイ国ほぼ全域に多大な被害をもたらしています「雨」災害。我がイサーンの田舎町までその影響が、ひしひしと迫ってきています。
 本年は、昨年冠水騒動があった地区は、数ヶ月前に数日間道路に影響が出たようでしたが、その後は今のところ何の影響も無いようです。
 
 しかし、今年は、別なところから違った方面からの影響が出ました。
 「衣,食,住」の「食(食料品)」不足が出てきているようです。道路の冠水による交通流への阻害か、又は、食料品製造工場の操業停止か、そのところは全く不明ですが、お店に品物が無くなってきていることは事実です。
 
 自分で生産しているわけではないので、食料品が不足しますと生活自体に多大な影響が出ます。人間ばかりではありません、我が家には3匹の可愛い「犬」達も居ます。彼ら彼女にひもじい思いをさせるわけにはいきません。
 人間は、「米」に変わる違う物を食する、という方法も選択肢には出てきますが、彼ら達はそうはいきません。

 話題が「犬」のことになりましたので、今日の昼に見たテレビのことを記載しておきたいと思います。

 この雨の影響が「犬」にも出ています。一般家庭で飼われていたのか、はたまた、もともとの野生犬なのか判りませんが、水の中に取り残されて餌がもらえず、ウロウロうろたえているところを、奇特な人達が船に犬用の餌を積み、小出しに分け与えている様子が映し出されていました。

 矢張り「仏教国」タイ国です。「慈悲」の心がこのようなところに、このような時にごくごく自然に発動しています。心を打たれました。人間だけではなく「犬」君達にも食料を分け与える、この「心」、何とも感動的でした。

 しかし我が町の「R」店に荷物は何時届くのでしょうか。
 届いているけれども、誰かの買占め(?)でしょうか。

 「雨」は季節の移ろいと共に何とか終息方向に向かっていますが、問題は、「食料品」不足の解消が何時になるのか心配です。  
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2011年10月17日

イサ-ン地方からの風の便り(季節の変わり目)

 タイ国にも「秋」、ではないでしょうが、「季節の変わり目」にきています。

 ここ毎日が、曇り空で時折強く、また、弱い「雨」が天から落ちてきています。
 激しい豪雨というのはここ数日見られませんが、どんよりとした曇り空から降ってきます雨は、確実に季節の移り変わりを暗示しています。

 今、日本時間で、午後1時半少し前(タイは午前11時半少し前)、室温は、24.4度しか上がっていません。
 上に半袖、下が、半ズボンでは少々肌寒いかな、といった感じがします。

 これで天空が青く澄んだ空が見えてきますと、日本の秋と同じくタイの秋空になってきますが、そこまでいくのにはまだ少々のお時間がタイでは必要かもしれません。

 さて、何時もの暗い話題になってしまいますが、タイの中央部からバンコクにむかっての地区の冠水です。特に、古都「アユタヤ」が酷い災害にみまわれているようです。
 お寺に水が大量に流れ込み、お坊さんはじめ近在の方達が寺内にあるものを、安全な場所に避難させている映像が映っていました。
 場所は忘れましたが、日本企業が多数工場進出しています地区も水害にあい、駐車場に停車してあります車(約百台以上)が、屋根の上まで水に遣っている光景が、へりからの映像で映し出されていたのが印象深く忘れられません。
 
 降ってきます雨が道路に流入しての冠水ではなく、多くが河川からの氾濫によります被害であります。
 テレビに一部地区の上空からの映像が、映し出されていましたのを見ましたが、かなり河川が蛇行しています。

 素人目に見てもこれでは河川の力によって氾濫、水の害が必然的に起きるのは自然の「理」であると分かりました.。
 大量の水は直線であっても両側の土手に、かなりの水圧をかけながら、下流に下流にとむかっていくことは、自然現象で当然のことです。
 その時水に障害物が当れば、水は有無を言わさずにそれを削り取るか、はたまた乗り越えていこうとするのも、これまた、自然の「自明の理」であると思います。
 よく「蟻の一穴」といわれますように、小さな穴が一つでも開けば、そこが後から後から堰を切って流入します水圧によって、徐々に大量浸水の元になっていくことも、ごくごく自然のことです。

 今年も例年のごとく、水害に遇われた人達の被災状況を報道するために、テレビ各局が争って現地を訪れています。見ていまして不思議に感じますことは、テレビに映し出されますタイの人々を見ていますと、そんなに悲壮感が漂っている感がしていませんのが、私から見ますと不思議に感じられます。
 ごくごく自然に、例年の行事、ごく当たり前の自然現象的な感じです。災害に遇った現実よりも、その後に訪れるであろう「慰問袋」を受け取ることのほうが、より楽しみであるかのような感じがしてならないのは、タイに住んで映像を見ている私だけでしょうか。
 
 笑い顔が絶えない「タイ人」。「土嚢」つくりをしながら屈託のない顔で、いや、笑い顔さえ浮かべて作業をしているタイの人達。

 「マイペンライ」でしょうか。

 北の方ばかりではないでしょうが、土石流で家屋が潰されたり、倒壊し多数の死傷者があったと報道されています。映像を見ますと、日本でいうところの「危険箇所で建築許可不可」の崖の直下や、いかにも河川の増水で家屋が流失しますよ、という場所に家屋が建設されています。
 タイ国にも「建築基準」的なものはある(?)のでしょうが、安易な雑な取扱が招いた必然的な結果がタイ国の随所に見られ、起きなくてもよい災害が多く起きていることは、何に問題があるのでしょうか。

 建物を建てる場所の確認許可。河川の蛇行の改修。

 河川をいくら現状のままで水門を造りました、他に水を逃がす水路を造りました、では「問題」解決は何時まで経っても先送り状態でしょう。
 政治力で住民の協力の下に、大々的な国家事業として、「河川改修」を全国的な規模で行っていただきたいものです。
 
 惨事が例年繰り返されないためにもせつに希望します。  
タグ :季節

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2011年10月08日

イサ-ン地方からの風の便り (喧騒の国「タイ」。)

 今朝のイサ-ン地方「チャイヤプーン」は、朝方太陽が少しだけ顔をお見せになりましたが、今は雲が天空を完全に覆っています。曇り空です。そのため気温も、室温が、(午前9時半)25.9度しかありません。
 過ごし易い朝方です。

 さて、「喧騒」ですが、この国の空気自体が、五月蝿いのでしょうか。変な表現ですが。騒音規制、公害での深夜においての、「爆音」禁止とかの措置がまるでありません。
 個人のし放題がこの国自体で蔓延しているようです。

 兎に角何といっても騒がしい。
 
 朝空けやらぬ前から騒々しさがはじまる。

 何がそんなに騒々しいかといいますと、以前から投稿しています、「オートバイ」の爆走騒音。 
 その次に多いのが、音楽を一人よがりで大音響で聞いている人。

 そして夜ともなると、「酔人」のだみ声と怒鳴りあう声、とテレビに興じて応援合戦での野次と高声。

 その次に出てくる多いものの一つが、街宣車。これも、ゆっくりと、大きな音量で道路を走行するので五月蝿いの一言である。この街宣車の大音響に併せるがごとく、隣家の老犬が遠吠えをはじめます。自分の声の声調と街宣車の音響の高音が合致しているのかもしれません。

 この街宣車と同じ様に音量を外に向けて走行している自家用車がいます。自分が聞いている「素敵」な音楽を町に住んでいる、道路を闊歩している人たちにもお裾分けしたいのか、走行しながらけたたましい音量を町中に撒き散らしています。
 これが、一般の車ばかりでなく小型貨物トラックもやるものですから、2台3台が行き来しています。

 この、タイ国、「自由の天地」とはよく申されたものだとほとほと感心させられます。
 「自由」を完全に履き違え(東アジアの国にもそんな国がありますが。)た国民が多いこと、全部ではありませんが、一部でもそのような勘違いの人がいますと、目立ち、多くの人たちが迷惑を蒙っていますが、「井の中の蛙」それも判りませんか。
 
 この騒音が少しは規制されてくると、静かで住みよい町となってくるのでしょうが、それは、‥ ‥ 夢のまた夢でしょうか。
 
 さて、十月も初旬から中旬に入ろうとしています。季節の変わり目に起こります、天変地異ではないですが、テレビでは毎日のように「水害」の画像が流されてきています。
 このことは何度も記事投稿していますが、何とも歯痒い国の政策といいますか、国の対応です。

 今日はこのことは話題の外ですのでこの辺で打ち止めにします。  
タグ :騒音

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2011年09月30日

イサ-ン地方からの風の便り(朝から さわやか~)

 今朝のチャイヤプーン「爽快」そのものです。
 現在の室温は、26.5度。

 湿度ゼロ、といっていいくらいのさわやかさです。

 室内にしんにゅしてきます「風」も爽やかそのものです。

 上空に雲がかかっていますが、太陽の光は地上に燦々と降り注いでいます。でも、暑くは無く良い感じのタイ国の天気です。

 このところ寝るのが午前2時、3時が続いています。といいますのは、妻が今月11日から隣の部屋にて「ジャパン・オンライン」なる店をはじめたからです。

 開店は午前10時。閉店は午後10時、とはなっていますが、日本と違いましてパソコンを使用しています「お客」が帰るまで店を開けています。
 昨夜は、不調のパソコンが数台出てきたため、業者が夜午後11時頃に来まして修繕をはじめ、帰ったのが午前2時過ぎでした。
 
 私は、直接出て行って(話も出来ないし)何もすることが無いので、先に寝てもいいのですが、そこは、タイ国であり、家に住まわせていただいていますので、仁義として起きていることにしています。

 客層を見ますと、中学生から専門学校生らしき人達、大学生(?)、大人から子どもまで、老若男女の内のお年寄りの方が見えないくらいで、後はほぼ来店をしています。

 学校へも行かずに店に直行してゲームにこうじている子もいます。
 しかし、タイ国の社会の事については私は深く知っていませんし、難しい事もあるのかと思いまして、「店の経営」については、口を挟まないで言われた事をお手伝いするようにしています。

 日本と違いますのは、国民性なのでしょうか、「定休日」という考え方が皆無です。好きな時、自分が所用で外出する時などは閉店とします。
 今日でお店を始めて20日ですが、休んだのは今週の火曜日にバンコクに出かける用事がありこの時は閉店としました。
 それ以外の日は、「開店」です。店を開けていますと来客が何人かはありますので、人件費は別にしましても、電気代,水道代差引いてもお釣りがくるのでしょうか。止めないところをみると、なんとか利益はあるのかもしれません、
 
 それと何よりもいいことは、商売が自分でできることが嬉しそうです。閑をもてあましていました2月からの数ヶ月間、毎日テレビとにらめっこが無くなり、(商売に対して)真剣そのものの顔になってきています。

 半径300メートル以内に競合店が何軒かありますが、そこは競争の社会ですので、自助努力が報われると思います。みていますとほぼ固定客といいいますか、毎日のように通ってきてくれる子供達もいます。
 料金が高いかどうかは判りませんが、完全に客足が途絶えないという事は、そこそこなのでしょう。
 
 頑張ってください、「奥様」。  
タグ :日記

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2011年09月17日

イサ-ン地方からの風の便り(雨の一休み)

 いい風が体全体を久し振りに包んでくれています。
 しかし、室温は、(今午後3時)28.9度を示していますが、やや蒸し暑さは感じますが、何とも言えない爽やかな風のお陰で、そのムシムシも完全に帳消しでおつり(爽やかさ)が来ています。

 雲は厚く天空を覆っていますが、その裂け目から「お天道様」(そう呼ぶのに相応しい感じ)が、強い日差しを地表に投げかけてきています。
 今日は「雨季」雨模様の一休みです。

 このところ、ブログ記事投稿も滞っていましたが、先週の土曜日、9月10日に久し振りでバスでのバンコク上京を果たしました。
 本当は勉強のために一人でバスに乗り、バンコクまで行くつもりでいましたが、何と、閑な妻が娘会いたさに同行する事となりました。
 私は、以前からのメール友達と武道の練習で出かける予定でしたが、妻は、私に一人旅をさせたくないのか、心配で同行したのかは判りませんが、バンコクまで同じバスに揺られ、約5時間少々惰眠を貪りながら行ってきました。
 
 その日の午前零時頃に帰宅してみてびっくり仰天、妻の長男が家出(?)か居ません。妻の長男は、家で持っています4軒長屋の2軒の内の1軒に、3ヶ月前から「パソコン・ゲーム店」を妻の資金援助で開き、毎日ソコソコノの客が来ていましたが、妻の長男の嫁(?)との確執、とお金に絡んでの揉め事が原因かは良く存じませんですが、忽然と消えていました。
 その後を受け、11日の(日)からゲーム店を妻が経営し私は、邪魔をしながらの簡単な店番をさせられています。タイ人は昼間の暑さを避けて余り活発な活動は控えていますが、夜の帳が見え始めてきた頃から、何とも生き生きと、正に水を得た“魚”です。
 12日には店を閉めたのは、午前2時でした。2人の客が居てゲームに昂じていましたから、「閉めます、閉店です。」と言わすに長々のお付き合いをさせられました。

 日本でしたらどうでしょう。午前零時。「閉店の時間です。」の案内放送や、係員の呼び声で客はいそいそと席を立ち、いやいやながら店外に出されます。
 そこはタイ、客が居る間は閉めません。催促もしません。それが不思議です。
 店先にはちゃんと掲示されています。営業時間「午前10時から午後10時」です。それが何で夜中2時までやるのでしょうか。不思議です。摩訶不思議とはこの事です。
 また、室内の電気が点灯していますので、午後11時を過ぎても来店客があり、妻は入店を拒否もせずに入室をさせています。驚きです。日本とは大違いな接客模様です。
 
 マー、ここはタイ国です、妻のやりたい様にやらせるのが一番ですので、黙って言われることをやっている今日この頃です。
 妻は、こちらに引っ越してきて以来9ヶ月、殆ど毎日が私と同じで日曜日の生活でしたが、ここ1週間張りのある仕事が出来たため、張り切っている事、張り切っている事、大変です。毎日の睡眠時間が5時間くらいでしょうか、この前の午前2時過ぎまで営業した時は、3時間半ぐらいの睡眠でしょう。それでも頑張っている姿を見ると、何とも言えません。ただ、体に気を付けて頑張ってください、と(心の中で)だけしか言えません。
 
 日本は1週間に最低でも1日はお店の休みの日がありますが、ここにはそんな常識はありません。月月火水木金金です。義母の家のお店が同じく、年中無休で営業していますから、このタイでは当たり前の事なのでしょう。

 しかし今日は雨季の中休み。(雨の排水処理には丁度いいかもしれません。)
 先程、以前住んでいた家に所用があり行ってきました。オートバイを走らせながら見ていますと、途中に何本か河川がありますが、どれも7から8分目程の水量があります。
 これで3日も降雨が続きますと、昨年と同様の道路冠水、町中心部交通不能状態、が繰り返される事は間違いありません。ただ、排水設備の埋設工事が本年終了していますから、昨年と違いますのは、排水処理が円滑に行われるのではないかと期待していますし、静かに静かに、見守っていきたいと思っています。  
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2011年09月09日

イサ-ン地方からの風の便り (雨・あめ・雨です。)

 矢張り雨季真っ最中、タイ国は雨季の真っ只中に有ります。
 
 毎日のように「雨」が降っています。お陰様で気温は、今、午後9時半で25.7度、と半袖の厚めの物を着ていまして丁度いい感じです。

 昼間のテレビ中継は矢張り「タイ国内水被害」が多く映し出されていました。

 北の都市「チェンマイ」、私の住んでいます所から西に行きました、「ナコンサワン」等、知っています地名が出てきます。
 何処も濁流の中に家が1階は水没し、2階以上で生活を余儀なくされています人々が、困窮した面持ちが画面に映し出されてきます。
 国や地方自治体(?)が、例年の如く決まりきった様に「慰問袋」を用意し、そこに、現王様のお写真をお付けして住民一人一人に手渡している姿を、この光景をはじめて見る人にとっては、何とも微笑ましい素晴らしい感がするかとは思いますが、如何なものでしょう。もっと何時も言いますように「国土基本整備」を再検討しては如何ですか。

 雨は正に天の恵みです。この雨が降らないことで、他の地方では食物が育たずに水不足、飢え、飢饉に苦しめられて、毎日のように弱者が亡くなっている事を考えますと、「水」が有り余っている事は、大変に恵まれている事であると思っています。

 稲の籾を水の中に投込んでおけば、いつの間にか籾から「稲」となり、これが輝く太陽の陽を浴び、すくすくと天の恵みで生長し、1年に2回、3回と取入れが可能な豊穣の地、「タイ国」。

 それが今年は、刈り入れ前の稲が水に浸かり、収穫が不可能となっています。この水害が国内各地に起こっています。これはひいては、生産高の減収、そして、米価への跳ね返り、消費者、一般生活者が、高価な米を買わなければいけない結果へと連鎖的に繋がっていきます。

 例年繰り返されています「水害」。何日か前のテレビですが、現王様が若かりし頃に地方の水田を視察し、いろいろな支持をなされているお姿が映し出されていました。そして、河川改修がなされ水害が改善されている地方がありました。
 この時も、ただ単に(河川と河川の)現状の一部に迂回路を造っただけのようでしたが、この事によってかなりの水量が分散されて、両河川の水害が改善されたようでした。(タイ語が解りませんので、あくまで私の推量ですが。)

 暦の移り変わりによって繰り返し季節は巡ってきます。今年の水害の教訓が来年に生きてくれますといいのですが、そこは、タイ人です、きっとこう言うと思います。
  「マイペンライ」

 (きっと変わらない事でしょう。)  
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2011年08月25日

イサ-ン地方からの風の便り (兎に角凄い)

今午後3時半を少し回ったところです。
室温が26.8度です。午後の今の時間にしては少し押さえ気味の気温です、これには深い訳があります。

昨夜夜半頃から降り出した雨、明け方から雨足が変わりました。
集中豪雨と同じくらいの雨量です。

午前9時、9時半と、雨足を見ながら様子を見ていましたが弱くなる気配はまるでありません。逆に家の右側の道路はとうに冠水状態、前の6メーター道路も20センチメートル以上の冠水です。

今日はどうしても出かけなければいけない用事があり、車のある所に意を決してオートバイで出かけました。もちろん雨合羽着用ヘルメット着用です。
3分位走って大きな道路に出る手前までは、何とか水も2から3センチの状態でしたが、曲がって1分も走らない所から車のタイヤが半分以上水に遣っています。(この先が町でもやや低地帯地区)

丁度交差点の手前でしたので迂回しました。もと来た道を戻って違う道からの進入を試みてみました。
300メートルほど走りました。先程の交差点からの延長に当る、丁字路手前10メートルの所で、低速運転のためにオートバイのエンジンが「プスプス」と嫌な音と共にエンストになりました。
やばい、エンジンがかからないと、今来た道をオートバイを押して帰らなくてはならない。イヤーナ予感がしましたが、セルモーターは無事動いてくれ一発始動でき助かりました。

目の前の丁字路付近には貨物トラックが数台、オートバイ数台が右往左往しています、この時点で車を取りにいくのを完全に諦めました。
足は膝の上まで既に水飛沫で濡れ鼠状態となっています。

家に帰り着き先方に電話を入れ、本日の開催予定を取り止めてくれますように連絡をしました。
都合よく先方も了解をしてくれまして、今月の30日(火)に延期していただく事が決定しました。

それにしてもタイ国の雨はもの凄い雨量を伴って降ってきます。集中的にごく短時間の勝負をかけてきます。
それと共に不都合なのは道路の側溝が有りや無しや。これが完全に土砂でや塵で埋もれてい状態ですから、多量に押し寄せてきます雨水の処理にはとても間に合いません。お手上げ状態です。

中心部(今年排水溝の工事完了)は、降雨時にはやはり大量に押し寄せる水にて、道路が冠水状態にありましたが、雨足の衰えと共に地下の排水施設のお陰にて、早々と水がなくなっていました。
やはり計画的な工事をしていけば、雨季の大量の雨に突然見舞われても、びくともしない、住民が安心で安全に暮らす、生活できる町が出来てくるのですが、ここはまだまだ先の事ですかね‥ ‥。

今、太陽がギラギラと輝いた姿を見せています。この出現と共に、あの五月蝿いオートバイも走り出してきました。雨の間は何処かに潜んでいたものが、雨が上がって大喜びではしゃぎながら走っています。五月蝿いだけの存在です。  
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2011年08月25日

イサ-ン地方からの風の便り(夜でも蒸し暑い~)

 夜になっても、夜の方が蒸し暑いです。
 昼間は、けっこう何とかかんとか「風」が、少しはお気持ち程度に吹いてくれてはいますが、今の時間になりますと外でも全然風の影響を受けません

 今の気温、室温で28.7度有ります。一時期は26度くらいまで気温も下がり、涼しく快適に過ごしていたのでしたが、騙されました。

 この気温が本当のタイ国の気温ではないかと思っています。

 さて、暑い中にも私が最も嫌な「爆音」が、家の前の道路を爆走しています。オートバイもあり、また、普通貨物トラックの何処に拡声器を掲載しているのか判りませんが、街宣車ならぬ街宣貨トラが、「ドドドド-」とけたたましい音を響かせながら、ゆっくりと走っていきます。
  
 自分だけが音楽を楽しめばよいものを、外に音をそれもけたたましく響かせながら走っているのには、開いた口が塞がるどころか、「この野郎ウルセー!!!」と言ってやりたいところですが、如何せんタイ語がだめです。
 それに何時でしたか、五月蝿いバイクが走っていたので、「五月蝿い」と家の中で言いましたら、妻いわく「しょうがないのよ。」、「どうしても五月蝿ければ、自分が静かな所に動くしかない。」そうです。

 私は今密かに計画中です、「夢想中」です。静かな所に自分だけの隠れ家を造りたい。私の夢想はすればするほどに実現可能性が高くなてきますので、毎日夢想中です。

 また話題は「暑い」に戻りますが、今年の暑さは昨年と比べましても、さほどの暑さではないのでしょうか。それとも、私の体が「タイ国気温」に徐々に適応や順応してきていますか。
 
 以前にも記事投稿しました話題「汗疹が出ない」ですが、先月の下旬頃にチクチクと、その傾向が少し出てきてはいましたが、何とかチクチクの赤信号だけで、赤い発疹は今のところ出ないでいてくれているようです。
 逆にここ何日間か蒸している天気のためでしょうか、好条件下「蚊」の発生が多く感じられます。
 矢張り雨季ですので、あちら此方で水溜りの水が蒸発しない前に、次の恵みの雨が降ってくれていますので、ぼうふら達は勢いがよく、どんどん蚊となって人間様の生血の争奪に躍起になって、先陣争いが絶えないようです。
 少しでも油断をしていますと、「チク」りと刺して美味しそうに逃げていってしまいます。いろんな種類の蚊がいるようです。日本にいない蚊を何匹も見ています。
 仏教の戒律では生物は殺さない「不殺生」の教えがありますが、私は、殺!!! です。断然吸われる前に殺!!! です。
 
 アー、でもこうしてパソコンのボ-ドを、叩いているだけでも蒸し暑く感じますので、今夜は早く止めて水を浴びて寝る事とします。
 
 今午後10時半です。室温 28.6度  
タグ :蒸しアツ~

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2011年08月21日

イサ-ン地方からの風の便り (国内各地に「雨」の被害続出。)

 今日は曇り空です。
 そのせいか室温も26.6度(正午現在)
 昨日は久し振りに短時間ですが、「太陽」が顔を見せてくれました。そのお陰で、犬君達の体全体のお洗濯もやってやることが出来ました。(薬を注射して1週間出来ませんでしたし、曇り空の下では風邪を引く心配も有りますので。)

 さて、先程のテレビのニュースですが、映し出されてきていますものを見ますと、全国各地での「雨」の被害状況です。
 民家の1階部分が完全水没、道路が冠水してその中に車が立ち往生で放置された状態。
 また別な地区では、お寺の庭や境内が30センチメートル以上冠水して、お坊さん達があちらへこちらへと、物を移動している状景が放映されています。
 
 今正に川が氾濫していて、土嚢を作製しながらそれを運び込み、道路はたまた自宅前に住民の皆さんの協力で積み上げています。
 腰まで浸かっての作業で、見ていまして「焼け石に水」ではないかな、と感じてしまいました。でも、当人達にとっては、必死の自然への抵抗なのでしょう。見ていて空しい感じが漂ってきました。

 私が以前住んでいました場所も、(妻の話では)川が近くを流れているために、若干ではありますが道路に水がおおいはじめているとのことです。
 この状態は昨年は、10月末の時に起きていますが、今年は早くも「雨」の浸水がはじまってきています。2ヶ月早いです。

 何時も感じますことを再度記載していきたいと思います。
 この「雨」被害、タイでは殆どの住民、国民が自然現象、自然災害だから仕方ない事と半ば諦めているのではないでしょうか。時期が来れば「雨」も降らなくなり川の水も引くだろう、それまでの辛抱辛抱。

 いや違うでしょう。
 
 西洋的な自然哲学からすれば、「自然は克服、征服できる。」ですが、(例)防波堤を築く。川のコンクリート護岸。(その結果は如何ですか、川は酸素補給が出来ずに死んでいます。海は広いですから… … …)

 日本的な考えでいきますと、「自然との調和、自然との同調。」が基本的な考え方になってきていると思います。自然を良く観察し、自然を自分達の仲間と考えて、家庭生活の中に旨く取り込んでいく、それが日本人日本的な「自然との共生」になって、今まで永年生活をしてきているかと思います。
 家の中を見ても以前は、畳や障子、土壁,土蔵造り、土間,三和土、日本の気候風土に合せた造りです。
 家の周りの植林も地方によって照度や気温の関係で樹木を変えています。
 私の東日本では「欅」や「樫」の葉が小振りの樹木が主です。
 冬には完全に葉が落ちて幹と枝だけになり、強い太陽の恵みを体一杯に受けることが出来ます。
 逆に夏になると葉が所狭しと繁茂し、強い太陽の日差しを遮ってくれまして、涼しさはこの上も無い自然の恵みです。
 秋の落ち葉さらいが中々大変な重労働となってきますが、その分楽しみが待っています。「焼き芋」です。
 今は、外で焚き火をすることは「ダイオキシン」が発生するから禁止、となっていますが、子どもの頃のいい思い出の一つとなっています。「焼き芋 美味しかった。」

 さて、タイ国のこの時期の状景何ともならないものでしょうか。
 テレビでは国の大臣か、治水の専門家の先生か判りませんが、雨水災害の現地を視察している様子などが伺われます。さてその後はどうなるのでしょうか。
 後1ヶ月もしない内に私の地区よりは南に有りますバンコクに、この被害は確実にに拡大してくるかと思います。
 一般的に水は自然に逆らわずに下へ下へと流れていきますので。昨年もこの地区の水害騒動がある程度落ち着いてきた頃に、首都での水害騒ぎが活発となっています。
 今の時期でも低地帯のバンコクですから、地区によっては冠水も起きているかも知れません。

 「備えあれば憂いなし。」です。

 現代は、科学万能の時代です、天空からの衛星写真を駆使して、タイ全土の治水事業をご計画する事を切に望みます。

 「水」を制する“人”こそ天下を治める“覇者”といえると思います。  
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2011年08月14日

イサ-ン地方からの風の便り(矢張りタイ国「暑い」です。)

 昨日そして本日と「暑い」です。8月ですから当たり前のことといってしまえばそれまでですが、雨季ですので「雨」が主体の気候のはずですが、その雨、何処に降っているのでしょう。
 今の室温は 29.9度(午後3時)

 さて、2日前は『母の日』でした。バンコクから長女(妻の2番目の子ども)も帰郷し、土曜日はこちらの家での海老を交えた焼肉料理でのお祝い、そして昨晩は、この長女の嫁ぎ先での野外焼肉宴会となり、2番続けて肉類を少し食べ過ぎたきらいがあります。
 いくら毎日運動をしていましても、食する量が運動等で発散する熱量より多ければ、確実に差額は余り物として体内に蓄積されます。当り前の論理展開の結果です。

 最近私が描いていますタイ国での『夢』は、平成25年12月18日でタイ定住(在泰日本大使館に在留届出提出)5年目となり、年齢も65歳という節目を迎えることとなります。
 さて、夢ですが、今のような五月蝿い環境ではなく、もっと穏やかで空気の綺麗な、静かな所で生活できないかと夢想中であります。

 今一つ思い込んでいます候補地があります。
 現在地から南東に向かって約2百キロメートル強の所にあります山間部の田舎町です。
 それこそ、今います所と比べものにならない位の辺境の地です。

 しかし、雑音が無く、空気が澄み、夜空に星が綺麗に輝き何とも体にいいとなれば、人間食指が動くのは当たり前の心持ちだと思います。
 少しぐらいの辺鄙さや不便な点は差引いても、余りあるものが大きいと思います。
 
 先月丁度一週間その地に滞在をしてきました。寝起きしています時は、何でこんな何も無い不便な所に、何日もいなければいけないのか、と疑問を感じていましたが、今、帰ってきまして約一月が過ぎようとしていますが、何とも懐かしく日一日と住んでみたい魅力にとりつかれてしまいました。
  
 日中涼しい時は木々の手入れに勤しみ、少し涼しさを感じる時間帯になれば武道の練習を開始する。
 そして、もっと涼しく木陰が色濃さを増した頃には、木の根っこにて『座禅三昧』に耽る。
 木の実が成ればそれを食し、余れば保存をする。
 自然を愛し 自然とともに 生きる。

 何とも嬉しい気持ちにさせてくれる『夢想』ではないかと思います。
 
 あと、2年『夢想』を実現するために、頑張っていきたいと心中に期するものを持って生活しています。  

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2011年08月11日

イサ-ン地方からの風の便り (快適な気候)

 今のイサ-ン地方(チャイヤプーン)の室温は25.8度。凄く快適です。
 
 太陽が出ていない分気温も上がりません。
 なんと風も「爽やか」そのものです。

 昨日の外気温度も最高で30度。日本の8月中旬の気温とは比較にならないくらいに快適そのものです。
 
 昨夜何ヶ月ぶりとなりますか、筋肉訓練(ウエイトトレーニング)に夜7時に出かけました。
 実は2週間前、久し振りに(器械で)体を鍛えようとマウンテンバイクで出かけました。しかし、今まであった場所(陸上競技場の管理棟)に行きましたがもぬけの殻で何も置いてありません。空間だけが空しく、冷たい空気が部屋の中に漂っているのを、窓ガラス越しに見ていました。
 
 それから妻に、何処に移転したのか、止めたのか、聞いて欲しいと頼んでおきましたが、全然自分のことでないので興味が沸いてこないようで、ほぼ諦めていましたが、3日くらい前に偶然とあるお店にて、以前何度か練習で顔を見合わせていましたタイの人に出会いましたので、妻に場所を聞いてもらい昨夜の場所が確認できました。

 犬の散歩等で何ども行っています場所です。2階建ての体育館で、1階がバスケットやバレー等が出来る平面が有ります。
 その2階に筋肉訓練室がありました。以前と違いまして、整然と器械類が並べられており、一番大きな違いは「冷房装置」が完備されている事です。
 今までは、藪かに悩まされ蟻が這い上がってきますのを追払い、汗が滴り落ちる中での訓練でしたが、昨夜は、何とも快適過ぎて20分でとりあえずは帰宅しました。
 
 武道を練習していまして感じた事ですが、余り筋肉モリモリになり過ぎますと、どうしても筋肉で例えば「刀」を振ろうとする意気込みが強くなり過ぎますので、この点、外肉よりは内筋を鍛えるようにしてはいますが、今までの練習を考えますと、筋肉で刀をブンブン打ち下ろしていた雰囲気があります。
 今、この点を注意して、刀の重量で打ち下ろすよう心がけ、筋肉はあくまでもその打ち下ろしを補助する役目と考え、鍛えるように切り替えました。

 また、加齢と共に足腰や腹筋や背筋そして、膝周りの筋肉等が脆弱となってきますので、この箇所の筋肉増強には矢張り器械での訓練が一番最適ではないかなと思います。
 その足りない分、例えば体力増強は、走る事が一番でしょうが、私は、膝と踵への負担などを考えまして、マウンテンバイクで心肺力を維持するように心がけています。
 今朝は、昨夜の訓練で久し振りに鍛えました内股が少し痛いです。

 でも今日は何とも過ごし易いいい気候です。これで雨がなければ最高なんですが。そこは「雨季」ですのでし方ありません。
   
タグ :気候

Posted by 阿羅漢 at 14:32Comments(0)TrackBack(0)

2011年08月08日

イサ-ン地方からの風の便り (歴史教科書)

 今晩の室温は午後9時半現在で、27.9度です。しかし、それほど蒸し暑くは感じられません。
 部屋のカーテンが微動だにしていません、本当に無風状態ですが、何故か今晩は比較的に「ムシムシ」が感じられません。
 
 さて、今晩の標題ですが、何故か何時も今頃(? お化けではないのですから。)話題として出てきますのが「教科書問題」です。

 あの会社のこの教科書、どこどこ会社のこの教科書、と話題が沸騰しています、この会社の教科書を採択不採択。

 その、採択不採択の結果によって今度は、中国と朝鮮が決まって口を挟んできます。
 この「記載事項は事実とは違う。」こう書かれるべきだ

 「エ」!、両国さん日本の歴史を自国の日本以上に他国のあなた方の方がご存知なのですか。
 そして、この時代の歴史はこう有るべきだ、とは自分達がまるで「タイムとラベル」、「タイムマシン」でも使用して、その時代を見学してきたかのような答をお出しになりますが、そんな事は実際有り得ないことでしょう。

 自国の都合のいいように他国(日本国)の教科書を書き直そうなどとは、不度時千万な行為。そして、越権行為。内政干渉も甚だしいことである。
 
 逆に、両国の教科書に対し日本国から、この記述は事実とは違うのでこうあるべきである、などとの記載事実干渉がありましたら如何いたしますか。
 それこそ躍起になり「内政干渉だ」と口角泡を飛ばし攻撃してるのではないですか。

 日本はそのところは「紳士」です。どのような攻撃(口撃)があろうとも、「平気の平左」を決め込んでいますので。

 しかし困りますのは、他国のこの様な攻撃に対し「ごもっともです。実はそちらさんの歴史認識が正しいです。この日本の教科書のこの表現は真にけしからん。」と言って尻尾を振り振り、良い子ぶりっ子を決め込む、日本人の中の「馬鹿な日本人」が必ずいることです。
 そして、朝鮮にいき「貴方の言っていることが事実です。」と調印をしてくる馬鹿な人間までいる。

 歴史は一つです。その教科書によって教育されます子ども達の将来を大人達は、自分の主義や主張で歴史を変えていくのではなく、事実を事実として表現して欲しいです。
 あったことは事実として記載すべきです。生暖かいもので包んだり、幕で覆い隠すことをしないで欲しいのです。
 
 それが21世紀後半の日本を背負っていく、今の子ども達には必要なのではないでしょうか。

 歴史的事実を正確に表現記載し、そこから「良い事実」は大いに褒め称え、「悪い結果」は深く反省し、今後の日本の道標をそこから見出していければよいではありませんか。
 歴史は元には戻せません。しかし、私は確信しています、私の父そして祖父、高祖父、そのまた高祖父などの日本人が世界に背を向けるけ、そんな大逆的な悪事を歴史の中で行ってはいないはずです。

 各自治体(教育委員会)では、今年の教科書採択に当り、大変なご苦労があったと推察いたしますが、採択されました自治によっては、歴史問題(歴史的真実を採り上げています)が、一定の良い方向に向いてきていますことは、私にとりまして大変に嬉しい事実の実績であります。
 
 この教科書を作成なさった教科書出版元さん「ありがとうございます」、感謝感謝です。
 今後も、外圧及び重圧や横槍を撥ねつけ、歴史的真実を追究し「」の歴史教育の教科書策定をお願いいたします。  

Posted by 阿羅漢 at 00:37Comments(0)TrackBack(0)